Last Updated on 02/24/2024 by てんしょく飯
「日本エンタメ界のトップランナー 鈴木おさむ 引退前最後の地上波連ドラは…サレ夫の逆襲劇!!」「父親の親権獲得率わずか1割…高すぎる壁に挑む男の奮闘を描く、リコン・ブラックコメディ!」「“おさむワールド”全開の過激で攻めた内容に超注目!」。
ネット上の反響は今冬トップか
今冬ドラマで最大のヒット作は、昭和と令和を行き来するタイムスリップコメディ『不適切にもほどがある!』(TBS系)で間違いないだろう。しかし、それに匹敵する話題作が『離婚しない男 -サレ夫と悪嫁の騙し愛-』(テレビ朝日系)。
いきなり第1話がテレビ朝日全番組の配信再生数トップを記録し、累計600万回を超えているほか、TVerランキングでも1位を獲得し続け、Xの関連ワードもトレンド入りするなど、ネット上で凄まじい反響を巻き起こしている。
ホームページの“イントロダクション”冒頭に書かれた番組コンセプトは、「日本エンタメ界のトップランナー 鈴木おさむ 引退前最後の地上波連ドラは…サレ夫の逆襲劇!!」「父親の親権獲得率わずか1割…高すぎる壁に挑む男の奮闘を描く、リコン・ブラックコメディ!」「“おさむワールド”全開の過激で攻めた内容に超注目!」。
鈴木おさむによる最後の脚本であることや、コメディとしての笑いと過激で攻めた演出が売りと言いたいのだろう。しかし、この快進撃を掘り下げていくと、ドラマ業界の厳しい現実が浮かび上がってくる。
原作漫画の世界観を変えた意味
制作サイドは、「今作最大の注目ポイントは、日本エンタメ界のトップを走ってきた鈴木おさむが脚本を手がけること」と掲げているが、確かに今年3月での引退は驚きをもって報じられていた。また、鈴木おさむは同局で『奪い愛』シリーズ、『M 愛すべき人がいて』などを手がけた実績もあるが、それは『離婚しない男』がネット上の話題を集めている理由の一部に過ぎない。
その理由の多くを担っているのは原作漫画だろう。原作漫画は親権問題を真っ向から扱った社会派の要素が濃く、実際に原作者・大竹玲二は最終巻末に「この漫画が未来の読者の目に留まる頃には、『なんだ、男親の親権問題が漫画になる時代なんてあったのか』と笑って読まれるようになっていることを願います」とつづっていた。
主人公・岡谷渉(伊藤淳史)の妻・綾香(篠田麻里子)と司馬マサト(小池徹平)の生々しい情事シーンは原作漫画にもあるが、それは同作が持つエンタメ性の一部に過ぎない。原作漫画は親権問題を軸に、渉vs.綾香、渉vs.マサトのせめぎ合いを描いた社会派エンタメ作であり、物語のベースがしっかりしているから、笑いや過激なシーンが際立ちやすいのだ。
ドラマはそんな原作漫画の物語をおおむね踏襲しつつ、笑いと過激さをアップ。一方で読みながら謎が解明されていくミステリーの要素は薄くなっている。実際、原作では伏せられていたマサトの正体や整形の過去などがドラマでは早めに明かされ、マサトが仕掛けるハニートラップの構図もシンプルになっていた。頭で考える謎解きの要素を薄め、視覚や聴覚に訴えるわかりやすさを重視しているのだろう。
また、原作漫画の渉は「カッコイイですよね。スタイルも良いし、育児に積極的な旦那ってホントうらやましい」と言われるシーンがあるなど、仕事ができて、たくましくて熱いワイルドイケメンとして描れている。つまり、篠田より小柄であるほか、弱々しい男を演じて笑いを誘うのが得意な伊藤淳史とは真逆のタイプということ。このキャスティングにも笑い重視の制作スタンスがうかがえる。
その他でも、「サレ夫と悪嫁の騙し愛」というドラマのサブタイトル、前回第5話のサブタイトル「不適切にもドアノブにパンティーがある」などを見ても、「いかに笑わせてネット上の話題になるか」を重視した、原作漫画とは世界観の異なるドラマであることは間違いないだろう。
篠田麻里子の話題が24時間飛び交う
しかし、ネット上の反響を一身に背負っているのが篠田麻里子であることは、疑いようのない事実。連日Xには「エロ新境地」「ついに下着脱がされる」などのコメントや情事シーンのキリトリ動画などが飛び交い、ネットメディアも篠田の関連記事を量産するなど、一週間絶え間なく盛り上がっている。
篠田は毎話、マサトとの濃厚なキスを繰り返し、大きなあえぎ声を連呼し、事務所で下着を下ろされ、ノーパンで街を歩かされるなどの過激なシーンを連発。お約束として毎話織り込まれるなど、同作最大の話題となっている。インティマシー・コーディネーターの必要性が叫ばれ、相次ぐ性加害報道で撮影現場がセンシティブになる中、地上波でこのレベルの濡れ場はめったに見られないだけに、希少価値を感じやすいのかもしれない。
ただ、これは鈴木おさむの脚本だけでなく、演出家とプロデューサーによるところも大きいはずだ。鈴の音に欲情するシーンを筆頭に、情事のシーンには、ルームランナー、ボクシング、ハンドマッサージ、大福餅、腹筋、鳩の羽ばたき、視力検査などを使った演出が見られ、過激なだけでなく笑いを誘っている。マサトと部下・森野千里(玉田志織)との情事一歩手前のやり取りなども含め、悪ノリに近い撮影現場でのやり取りをネット上の反響につなげているのだろう。
繰り返しになるが、原作漫画は親権問題という社会的なテーマを軸に、ハニートラップなどのミステリーを織り交ぜた見応え重視の物語であり、ゴールデン・プライム帯で放送する価値がある作品に見える。ただ、けっきょく選ばれたのは深夜帯であり、さらに配信再生数重視となれば、エロと笑いを前面に押し出すというプロデュース戦略も合点がいく。
そんなプロデュース方針にテレビドラマの難しさが表れている。録画に加えて配信での視聴が普及する中、視聴率による放送収入の減少は、もはや避けられない現実。とりわけ「録画や配信でじっくり見たい」という人が多く、よい作品ほどその傾向が増すドラマは、「いかに視聴率と配信再生数の両方を得ていくか」のバランスが課題となっている。
特に視聴者数が多くCM収入の大きいゴールデン・プライム帯(19~23時)では両方を得ていくことが重要だが、大半の作品がそれを実現できていない。ところが『離婚しない男』は深夜帯で配信再生数の獲得に振り切るような形で、これほどの注目作になってしまった。
しかもその方法が過剰なまでのエロと笑いだったところに苦悩が見え隠れしている。実際、このプロデュース戦略はゴールデン・プライム帯で使えない上に、他作に模倣されたらすぐに飽きられてしまうだろう。その意味で『離婚しない男』のヒットは、深夜帯で数年に一度しか使いづらいプロデュース戦略に見える。
より多くの視聴者、なかでも、ネット上の反響を広げていくためには、過剰なまでのエロと笑いというところまでプロデュース戦略を単純化させなければいけない。しかし、それも飽きられやすく、当面の解決策にすらならないという厳しい現実が浮かび上がってくる。
放送まで篠田を隠すファインプレー
それでも、『離婚しない男』の制作陣は、エロと笑いだけでなく、配信再生数を得るためのさまざまな努力を積み重ねていて、それは他作にとってのヒントになるだろう。
その筆頭は、第1話放送まで篠田の存在をシークレットで通したこと。篠田が演じる綾香はドラマにおける事実上の主人公であり、しかも元トップアイドルかつ、生々しい不倫疑惑が報じられた彼女が演じることが分かった瞬間、強烈なインパクトが生まれた。フィクションとノンフィクション、ドラマと報道の間をゆくようなキャスティングが効果的だったのは確かだが、それを最大化できたのは制作陣が放送までシークレットを貫いたからだろう。
一方、日本テレビの『新空港占拠』は制作発表時から“占拠”の場所をシークレットにした『×××占拠』というタイトルを使っていたが、放送1週間前に「新空港」と発表。しかし、ネット上の反響は薄く、「1週間前に明かすなら、なぜ隠したのか」などと疑問の声があがっていた。これは「配信再生数より視聴率を優先」「リアルタイムで見てもらう人を増やすためには1週間前に明かして興味を引きつけたほうがいい」という日本テレビの狙いだが、ほとんど効果がなかったように見える。
その他では、芸能事務所・LDHのファンを根こそぎ連れてくるようなプロデュースも配信再生数を増やした理由の1つだろう。制作サイドは、主人公・渉の相棒となる探偵・三砂裕役にFANTASTICSの佐藤大樹をキャスティングしたほか、主題歌にWOLF HOWL HARMONYの『Frozen Butterfly』、挿入歌にGENERATIONS・数原龍友の『最後の雨』を起用した。
いずれもLDHの所属であり、「配信再生数を稼ぐ上でアイドル的な人気を持つアーティストを起用する」というセオリーが徹底されている。さらに、若い年齢層のグループであれば、なおさらファンたちは“推し”の意識が強く、配信再生数が伸びやすい。
メディアが一斉に報じ、SNSのコメントが飛び交い、爆発的な配信再生数を記録しているのは単に過激なシーンによるものだけではなく、このような制作サイドの努力あってこそだろう。
ただ、制作サイドの努力によって配信再生数を稼げるドラマになったことは確かだが、一方で「ドラマを見ている人に、ぜひ原作漫画を読んでみてほしい」と感じている。読めばドラマのネタバレにはなってしまうが、ページが進むたびに謎や因縁が解き明かされていく構成は、見応えという点でエロと笑い優先のドラマを上回っている。
コメント